アイドルを始めて半年、私に好きな人が出来た。
同じ事務所のHAYATOくん。本名は一ノ瀬ハヤト。双子の弟さんは、あの有名な早乙女学園を受験しようとしているらしい。この顔が世界にふたつあるなんて、贅沢だなあ。
ハヤトくんは私よりすこし後に事務所に入ってきた。最初は軽そうだなとか、いい加減そうだなとか思ったけど、彼と接しているうちにそれは間違いだと知った。本当の彼はとても誠実で真面目だ。その笑顔の裏で、物事を冷静に観察している。そして気が利くし優しい。完璧としか言いようがない。
それに比べて、私には欠点があった。歌も演技もルックスも、アイドルをやっているのだからプライドも自信もある。しかし、どうもメンタルと体力が弱いのだ。こればかりは直しようがない。

「はあ…はあ…っ」

今日は歌番組の収録だった。ダンスの激しい曲だったため、1曲だけでバテてしまった。これじゃ個人ライブなんてできるのはいつになることか。せっかく最近売れてきたというのに、体力がもたないなんてアウトだ。

「はあ、は…」
「大丈夫?」

屈み込んでいた私の背中を撫でる暖かい手。顔を上げればハヤトくんだった。

「お疲れ様、いいステージだったよ」
「あ、ありが、と」
「でも随分体力を消耗してる」
「………うん、」

ハヤトくんは真顔だった。本気で私を心配してくれているんだろう。彼は少し思い悩んだ顔をして俯いた後、まっすぐに私を見た。

「アイドルはやめたほうがいいんじゃないかな」
「え…」
「あ、いや、その…違うんだ、事務所をやめろとかじゃなくて、の歌唱力はアイドルに留まるにはもったいないよ。歌手一本でも十分いける。この前、練習しているのを見ていたけど、やっぱりダンスが入るからかなり体力を使うんだよ」

ハヤトくんが焦りながら早口に言う。私はすこしずつ楽になってきた呼吸に安堵しながら、彼の言葉を静かに聞いていた。ハヤトくんは、まとまらないのか次の言葉を探している。

「……、ボクはきみが心配なんだよ」
「…ありがとう、でも…」
「でもじゃない、いつ倒れるかわからないよ?お願いだから…そんなにつらいの姿を見てるのは堪えられないよ」
「…ごめんね」

ハヤトくんに心配されるのはすごく嬉い。剽軽だってわかってる。でも彼に気にかけてもらえてるってことだから。

「…、ほんとにわかってる?」
「わ、わかってるよ」
「…はどうしてアイドルになったの?」
「えっ…、………有名になればお金に困らないと思って…」
「…え、」
「唯一の家族だったお母さんが、3年前に死んじゃって。…身寄りもなくて。この歳じゃ一人で生活なんかできなくて」
「……それでも…、自分の体力のことは考えてなかったの?」
「そのうち体力つくかな、って…」
「バカじゃないの!」
「えっ」

ハヤトくんが大きい声をあげたものだから、わたしはびっくりして次に言う言葉が見つからなかった。ハヤトくんは下をむいている。表情が見えない。怒ってるの…?

「きみはアイドルを始めてもう8ヶ月にもなるんだろう?それなのに一回のステージでこんなになるんだ、もうの体力はそれで限界なんだよ」
「………、」
「ボクは…きみをほんとに心配してるんだよ、なんでわかってくれないの…?ずっとのことを見てきたけれど、きみは楽しさより辛さのほうが感じているんじゃないのかい?ボクにはそうとしか見えないよ…メンタルだって、きみは弱い。アイドルにはむいてないよ…、死んでしまいそうだ…」

ハヤトくんはとても辛そうな顔をしていた。本当は言いたくない言葉を、しぼりだすように口からだしている。またさっきのように下を向いてしまった。少し震えているように見えた。

「伝えるつもりなんか、なかったけど………、ボクはきみが好きなんだ…」
「えっ…」
「だから、の辛そうな顔なんて見たくないんだよ…。が一人で生きていけないのなら、ボクがきみを支えてもいい。だから、そんなに負担がかかることはしないで…」

泣きそうだった。一度も見たことのない、ハヤトくんこんな顔。そっと手をハヤトくんの頬にくっつけると、その手を包むように、彼は手を重ねた。初めて触れた彼の肌は、さらさらであたたかくて。

「私も、言うつもりなんてなかったけど、ハヤトくんのことが好きだよ」
「え…」
「私もずっと、アイドルから歌手に転向したほうがいいかなって思ってたんだ。ハヤトくんがそう言ってくれてよかった。これでマネージャーにはっきり言えそうだよ」
「ちょ、ちょっと待って、何か肝心なことをスルーしてる気がするんだけど」
「え、告白?」
「分かってるならもっと…!い、いや、ごめん」

さっき馬泣きそうな顔をしていたのに、今では動揺するハヤトくん。今日は彼の知らない一面をたくさん見るなあ。とても貴重な1日だ。あー、とかはあ、とか言いながら頭を抱えているハヤトくんにくすりと笑いがこぼれる。

「わ、笑わないでよ…」
「ごめんなさい…くすっ」
「もう…!ボク初めての告白だったんだよ…」
「そうか、モテモテのハヤトくんは言わなくても女の子から迫られていた、と」
「そういうことじゃなくっ…!」
「ふふ、ごめんね」

彼がむすっとした顔を見せるのは、収録中だけかと思っていた。実はハヤトくんは以外にも、カメラが回っていないときはそこまで表情が変わらない。いたずらをするときやおどけるときなんかは変わるけれども、あの満面の笑みもカメラ仕様なのかもしれない。

「…、でも本当に、きみの生活ぐらいボクが…」
「それはちょっと、悪いよ」
「ぼ、ボクがしたいって、言っても?」
「え」
「その…、結婚を前提でもいいかなって」




どうしてこうなった。




それから3ヶ月、マネージャーに言うと「やっぱりね!わかったわ!」と気さくに転向を認めてくれた。きっとマネージャーも分かっていたんだろう。
そして私は、晴れて歌手。
そしてもうひとつ、ハヤトくんの恋人になりました。






 

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