別れようと言ったのはボクだった。
ボクのその言葉を聞いた瞬間に、ちゃんはその大きな黒い瞳を見開いて、口を少し開けてなにかを言おうとした。でもその口から言葉が出てくることはなかった。

もうだめなんじゃないかと、1ヶ月前ぐらいから思っていた。ボクたちの関係が公になってしまう気がしていたのだ。誰かに見られている気がしたり、変な噂も小耳に挟んだ。
ボクは彼女を傷つけるのだけは堪えられなかった。唯一の防衛策はさよならをすること。

「…、そっ、か」

絞り出たようなかすれた声。気づけば彼女は目に涙を溜めていた。

「ハヤトくんが言うなら、そうしよう」

くるりと後ろを向いてゆっくり歩きだした、恋人だった人。背中が小さく見えた。
ボクはボク自身の言葉で彼女を傷つけてしまったことに、初めて気がついた。守りたい人なのに。



追いついた右手は、彼女の右腕を掴んでいた。驚いた顔が振り向く。さっきまで目の淵に溜まっていた涙はいくつもこぼれていた。

「……、やっぱり、いまのはなかったことにして」
「え、」
「君を守りたいだけなんだ…」

強く抱きしめた。本当は、離したくなんてない。そんなことあるわけがない。少しだけ震えるボクの背中に、彼女は小さい手を回した。そしてゆっくり撫でるようにその手の平が触れる。

「ハヤトくん、」
「ごめん、ごめんね、ごめ…っ、」
「だいじょうぶ、わかってるよ」

やさしい君の声が耳をかすめた。
すべて見透かされていた。ボクの別れの言葉の後ろにある気持ちを、全部。受け入れた彼女は強い。自分で決めたのに彼女を手放せなかったボクはなんて弱いんだろうか。

「好きだから、さよならすることもあるんだよ」
「…っ、でも、ボクには、」
「だめだよ、ハヤトくん。こんなところで私なんかにかまけてるわけにはいかないんだよ」

ゆっくり体を離された。真面目な君の顔が見える。

「だからハヤトくん、さよなら」

笑顔の君の、別れの言葉。いつになったらボクは受け入れられるんだろう。
その言葉を聞いてから1週間、まだボクは未練がましく君を思い出すばかり。
メールを打っては消し、の繰り返し。
君はすれ違っても目すら合わせてくれない。
弱いボクなんか嫌いになってしまったんだろうか。

君を守りたかっただけなのに、君に守られているなんて。しかも、こんなふうに隔たりのある関係で。
もう一度だけでいいから、君に触れたいよ。



これも一つのし方




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