ハヤトくんは時々ものわかりが悪い。わがままに育てられてきたんじゃないか、なんだかんだ言ってトキヤくんはハヤトくんに甘いのだ。
「だから!明日は遊べないの!トキヤくんと打ち合わせ!」 「ひどい!ボクを残してトキヤに会いに行くなんて!ボクも行く!」 「お仕事しに行くんだから来ないで邪魔!」 「ひ…ひどいにゃ!」 「知らないよ!しつこいハヤトくんなんか嫌い!」
とたんに、彼の顔から表情が消えた。次に返ってくる言葉はない。眉尻はだんだんと下がり、顔の角度も降下していく。そのままハヤトくんは何もいわずに自分の部屋に戻って行った。 すこし言い過ぎちゃったかな…でもたまにはこれぐらい言ってしつけないとね。チクリと痛んだ胸は、ハヤトくんが悪いからだと理由をつけた。 時計を見れば日付を跨いでいた。早く寝なきゃ。睡眠不足でトキヤくんに迷惑をかけるなんてごめんだ。
起きたのは朝の6時。今日はオフだと言っていたハヤトくんは、リビングにはいなかった。昨日はやっぱり言い過ぎちゃったな。冷めた頭で、今日は帰ってきたら謝らなきゃと考えていた。朝ごはんにオムレツを作りベーコンを焼く。ハヤトくんの分も作って、置き手紙をした。帰宅予定時刻は午後8時。それまでハヤトくんをそのままにしておくのは心が痛むけど、十分反省できるだろう。行ってきます、と小声で言ってドアを閉めた。
ちゃんに嫌いだと言われたことはなかった。たまにボクが拗ねたりして「嫌いだにゃ」なんて言うことはあるけど、彼女の昨日のそれは違う意味を孕んでいた。ボクのことが、本当にうっとおしかったのだ。昨日の夜はちょっと涙が出た。 もう朝か、しかも9時。これ以上寝たら頭が痛くなりそうだ。けだるい体を起こして、そっとリビングへ。ちゃんはすでにトキヤのところに行ったようだ。 …トキヤにとられちゃうみたいで、本当に嫌だったんだ。でもちゃんに嫌いなんて言われて、それからトキヤのところに行かれたら、もうボクよりトキヤの方がいいみたいじゃないか。そんなふうに考えていたら、また目頭が熱くなってくる。
こんなんじゃだめだ。まずは水分を体内に入れてすこし気分を変えよう。ダイニングに移動すると、テーブルの上にオムレツと焼いたベーコンが、丁寧にラップをかけられて置かれていた。そのすぐ側にはメモ紙に彼女の字で、朝ごはんです、と短い文章。さっき熱くなった目頭からじんわり涙が零れてきた。
打ち合わせに夢中になって、気づけば午後9時になっていた。やばい!ハヤトくんを放置してるんだった!「送りますよ」と言ったトキヤくん。断ることもできなくて、駅まで一緒に来てくれた。ゆっくりお話しながら歩くものだから、結局マンションに着いたのは10時。ハヤトくんどうしてるだろ。朝ごはんちゃんと食べたかな。というか、昼ごはんと夜ごはんも食べたんだろうか。 玄関を開けて、ようやく家の中へ。リビングの電気はついていなかった。朝ごはんはちゃんと食べたみたいだ。食器は洗って伏せてある。偉い。 リビングの電気がついていないとなると…、ハヤトくんはしばらく自分の部屋にとじこもりっぱなしか。コートをクローゼットにしまってから、ハヤトくんの部屋のドアをノックした。返事はない。そっとドアを開けると、そこも電気がついていなかった。しかしドアを開けたときに布団が揺れる音がしたので、ハヤトくんはいるってことだ。
「ハヤトくん…?」
ぱちりと電気のスイッチをつける。すると、がさがさとまた布団の音。ベッドに近寄ればハヤトくんは頭から布団をかぶっていた。
「ハヤトくん」
ゆっくりと、頭があるであろう位置を撫でる。すん、と鼻を啜る音が聞こえた。泣いてたのかな。
「ただいま、ハヤトくん」 「……」 「遅くなってごめんね」
撫でていた手をとめて、布団を引きはがしてみようとすると、「やだ」と掠れた声が聞こえた。
「…見られたくない」 「泣いてるの?」 「泣いてないもん」 「でも泣いてるみたいな声だよ」
観念したのか、ハヤトくんは目元まで顔をだした。赤くなった目。明日は収録があるのに、これは大変だ。
「ごめんね、今目を冷やすものを…」 「やだ」
がしっと手首を捕まれる。ハヤトくんの手は少し震えていた。
「いかないで…」 「ハヤトくん、すぐもどるから」 「やだ」 「氷持ってくるだけだよ」 「やだぁ…」
ぼろぼろと泣きはじめたハヤトくん。びっくりして私はドアに向けていた体を彼のほうに戻した。ゆっくりハヤトくんの頭を撫でると、私の手首を掴む力が弱まった。
「は、ハヤトくん、わかったよ、行かないから」 「う、うう…」 「泣かないで…」
流れてやまない涙を拭ってやる。更に涙は量を増した気がした。 これは今日一日、ずいぶんと反省していたようだ。というか、私が悪い気がしてくる。
「よしよし…大丈夫だよハヤトくん、もう怒ってないよ」 「ほ…ほんとに…?」 「ほんとだよ」 「トキヤのこと好きになったんじゃ」 「え」
なんでそんなことになっているんだ。私がいない間にハヤトくんは一体なにを考えていたんだ。けれども、本気で心配そうに私を見てくるハヤトくんの目。本当にそう思っていたんだ。
「私が好きなのはハヤトくんだよ。嫌いなんて言ってごめんね…」 「うう…ぐすっ」 「わっ」
いきなり起き上がったハヤトくんが、胸のあたりに抱きついてくる。まだ震えているハヤトくんに私も腕を回して、頭を撫でながら抱きしめた。ハヤトくんの腕の力が強まる。
「ちゃん……もうどこにもいかないで…」 「うん、大丈夫…ハヤトくんの傍にいるよ」 「ボクのこと嫌いにならない…?」 「ふふ、嫌いになれないよ」 「うー…ふぇ…」
ぽろぽろと泣いているハヤトくんのおでこにキスをすると、ハヤトくんから唇にキスをしてきた。私が苦しくなって離すと、またすぐに繋がる唇。ぐいっと引っ張られて、今度はハヤトくんの胸にダイブした。そしてまた振ってくるキス。必死なハヤトくんを落ち着かせるように、私は背中を撫でながらキスに応える。
「…っはぁ、」 「ん……もっと…、」 「ハヤトくんまって…落ち着いて、」 「やだ、落ち着けない、むり…」
余裕のないハヤトくんに布団に押し倒される。ハヤトくん明日朝早いのにな。これは今日は寝かせて貰えないかもしれない。 ぼんやりそんなことを考えながら、甘いキスを受け入れた。
盲目的に繋がりたい
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