忙しくてチョコなんて用意する時間がなかった。それをハヤトに素直に伝えたら、絵に描いたようにガッカリされた。
「…ひどいよ」 「だ、だからごめんって」 「ボクなんてその程度なんだ」 「だから仕事がたまってて」
ハヤトはしゅんとして私に背中を向けていた。足を抱えて丸まって座っている。やめてくれ、完全に私が悪者みたいじゃん!
「は、ハヤト…」 「ばか、もうしらないもん…」
ハヤトはそのまま自分の部屋に行ってしまった。 きっとすごく楽しみにしていたんだろうな。最近はバレンタインの特集にも引っ張りだこだったし…。今日の仕事も、チョコが貰える瞬間を楽しみにしてがんばったんだろうな…。 そんなふうに考えていたら、ものすごい罪悪感が襲ってくる。私が用意すべきチョコを用意していなかったのだ、確かに悪い。 まがりまちがってもハヤトは恋人なのだ。しかも付き合ってから初めてのバレンタイン。 私は急いで家を飛び出した。きっと今からでも間に合うはず。もうこの際だから渡せればなんでもいい。
コンビニで一番高いバレンタイン用のチョコを買って家に戻ると、ハヤトがリビングのソファの上で号泣していた。
「え、ハヤト…?」 「ひっ、っく、ひぇ、え」 「え!?どうしたの!?」 「ぐずっ…ふえ…どこ行ってたのぉ…」
駆け寄った私に思い切り抱き着いてくるハヤト。わけがわからないまま背中やら頭やらを撫でてやると、拍車がかかったように泣き出した。困った。
「…よしよし…」 「っく、ふ、ぐずっ、いなく、なっちゃったと、おもっ、た、」 「え」 「ぼくに、あいそつかしてでてっちゃったと、ひっく、おもった、ぐずっ」 「え」 「う、うぇえええ」 「わあああハヤト泣かないで、大丈夫だよどこにも行かないから!」
私の言葉を聞いたハヤトは、ゆっくり顔をあげてこちらを見た。いつもニコニコしているアイドルが、こんなに泣くところを見たことがある人はなかなかいないだろう。
「ほ…ほんと?」 「ほんとだよ…今ね、チョコ買ってきたの」 「!」 「はい、遅れてごめんね…」 「ぼ…ボクに…?」 「そうだよ」 「く、くれるの…?」 「ハヤトにあげるために買ったんだよ」 「うう…びえええ!」
チョコを受け取ってまた泣き出したハヤトの頭を抱きしめて、私は大好きだよと囁いた。すぐに彼の私を抱きしめていた腕の力が強くなって、ぼくのほうがすきだもん、なんて可愛い言葉が涙声で聞こえてくる。 明日は奇跡的に二人でオフだ。いっぱい甘やかしてあげよう。
愛を溶かしましょう
|