もう、いつからこうしているだろうか。ハヤトくんから突然電話がきて、ハヤトくんが突然うちにきて、ハヤトくんが突然抱きしめてきた。
ハヤトくんは、私の家に着いてから何も言わない。最新は「どうしたの?」「ハヤトくん?」と問い掛けていた私だったけれども、ハヤトくんがあまりにも私を強く抱きしめたままなにも言わないので、私も抵抗しないでそのままでいる。それに、ハヤトくんは少し震えていた。こんなハヤトくんは見たことがなかった。

私は抱きしめられているままだったことを思い出して、自分の両腕をハヤトくんの背中に回してみた。震える背中をゆっくり撫でてやると、ハヤトくんの抱きしめる力が強くなる。そして私の頭に頬擦りして、抱きしめる力を緩めた。

ちゃん…」
「…どうしたの?なにかあったの?」
「………」

ハヤトくんはまただんまりしてしまった。緩められたはずの腕の力は、また強くなる。ハヤトくんもやっぱり男の人なんだなあ、こんなに可愛いのに。

「ハヤトくん、言ってくれなきゃわからないよ」
「ぼ、ボク、み、み、」
「耳?」
「み、見たんだ…ちゃんがちゅうしてるの…っ」

はて。なんのことか。私は浮気なんてしてないし、ハヤトくんが可愛すぎるのでできる気もしない。そこまで考えて思い出した。そうだ、今週から上映している私が主演の映画。あれか。

ちゃんがぼぼボクじゃないひととちゅうだなんてそそそそんなっ」
「はっハヤトくん落ち着いて!」
「うっ…うわあああああああああん!!」

そうこうしているうちにハヤトくんは泣きはじめてしまった。涙で私の肩を濡らすハヤトくんを引っ張って、なんとかソファに座らせる。ハヤトくんはまだ私を解放してはくれず、隣に座る私の袖をしっかりつかんでいた。子供のようだ。

「うっ…ひっく」
「…ハヤトくんが見だのって、私が主演の映画だよね?」
「うん…っ」
「やっぱり」
「…今日はお昼でロケが終わって、丁度映画館が近かったからちゃんが出てる映画見て行こうと思って…そしたらそしたらっ!」
「わああはいはいはいわかったわかった、よしよし…」
「うっ…うう…ぐずっ」

また暴走しそうになったハヤトくんを抱きしめて、なんとか落ち着かせる。私の服をぎゅっとつかんで、ハヤトくんは鼻をすすった。
今週から上映しているその映画は、ラブシーンの多いコメディ映画だ。冒頭でいきなり主人公の女性が失恋し、新しい恋を見つける話。キスシーンも1回や2回ではなかったのは確かだ。いや、キスシーンだけではなく、事後を匂わせる朝チュンというものも存在していた。
ハヤトくんには映画の詳細を言っていなかった。映画の撮影のため長期ロケに行くときも、なにかと面倒くさくなりそうだったので内容には触れずに行ってきますとだけ言ったのだ。そのツケがいまここにきた。

「よしよし…大丈夫だよ、あれはつくりものだから」
「っう、ちゃ…っ」
「私が好きなのはハヤトくんだって知ってるでしょ?映画のは演技だよ」
「でっ、でもすごくほんとみたいで」
「すごくほんとみたいじゃなきゃだめでしょ?私は女優なんだから」
「うぅ…」

ハヤトくんはしょんぼりと犬のようにうなだれた。どうやら気持ちが急いで勘違いをしたことに罪悪感を感じているらしい。ゆっくりハヤトくんの頭を撫でると、涙で潤んだ目で私を見つめてきた。可愛いなあ。

「ごめんね、私もちゃんと伝えておけばよかったね。でも伝えてたらハヤトくん撮影に行かせてくれないと思って」
「うん…だってちゃんがボクじゃない人とちゅうするなんてやだもん…」
「私だって、ハヤトくんとのキスじゃなきゃ幸せになんてなれないよ」

ぽかんと開いたハヤトくんの唇に短いキスをする。すると、少し顔を赤くしたハヤトくんがお返しとでも言うようにキスをしてきた。
どうやら機嫌が良くなったみたい。私って愛されてるなあ!






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