最近、いつにもましてハヤトがベタベタくっついてくる。

ちゃーん!」

まただ。お前は幼児か!と思ってしまうぐらい、最近スキンシップが多い。私だってハヤトのことはそりゃ好きだけど…。でも、やっぱりこう、ずっとくっつかれているとだんだん嫌になってきてしまうものだ。

「…ハヤト、離れて」
「えーっなんでっ」
「そんなにずっとべたべたしないでよ…」
「だって…ぎゅってしてたいんだもん!」

ハヤトは離れるそぶりを全く見せない。私のことを後ろから抱きしめたまま。
愛されてるのは嬉しいんだけど…これじゃ拘束されてるみたい。
ぐいぐい彼の頭を押すと、やだやだと駄々をこね始める。

「あーもう!!いい加減にして!おさわり禁止!!」

暑苦しい!
私が少し声を張り上げると、ハヤトはびくっと体を震わせて恐る恐る手を離した。その隙に彼から少しハヤトから離れ、同じソファに座り直す。
ふう、これで重さから解放された。やけに静かになった隣を見れば、彼が子犬のようにしょんぼりうなだれている。
その悲しげな瞳を見ていたら罪悪感が込み上げてきたけれど、たまにはお灸を据えてやるのも悪くはないだろう。調子に乗られては困る。

テーブルの上にある雑誌を手に取りページをめくる。ぱらり、ぱらり。そうしていると、ハヤトがすくりと立ち上がって自分の部屋へ向かった。まるでこの沈黙から逃げるような足取り。
彼はきっと泣きそうな顔をしているに違いない。けれども今は甘やかしたい気分ではないのだ。私だって虫の居所が良くない日もある。
こういうとき、同棲ってなんだかなあ…。
私はまた、手元の雑誌に視線を落とした。



それからというもの、ハヤトは私にボディタッチをしてくることはない。
決して仲が悪くなったとかそういうことではない。ハヤトから話し掛けてくることも 普通にあるし、会話の内容だって今までと変わらない。
前までならソファに座ってテレビを見ているだけでも手を繋いでいたのに(強制的に繋がれていた)、それすらも彼は自重しているようだ。



そんな状態が1週間は続いた。
なんというか…ここまでくると従順や素直というよりは馬鹿な気がしてならない。
時折私に手が伸びそうになる瞬間が何度かあったが、彼はその度にはっとしてその衝動を抑えている。

(それはそれでなんだかなぁ)

ハヤトは…、確かにこの業界でやっていけてるだけあって、頭が悪いわけじゃない。考えることは意外とちゃんと考えてるし、私が気づかされることも多くある。さすが、一ノ瀬トキヤの兄だ。
でもやっぱりバカだ。特に恋愛とか仲間とかそういうことに関してはすごくバカだ。自分の気持ちが優先してしまうからか、感情的…というより悲観的になりやすかったり、思い切り脳天気だったりそこに思考はないらしい。

(まぁそれがいいところでもあるんだけど…)

「長所は短所にもなりうる、ってことはよくあることだよね」

「?」

独り言をブツブツ言いながらスタジオの中を移動していると、後ろから呼び止められる。ハヤトに似た声、でもトーンが低くて落ち着いているそれは、弟の一ノ瀬トキヤだ。

「トキヤ、どうしたの?」
「それを聞きたいのは私の方ですよ」
「え?」
「ハヤトのことです」

はぁ、ため息をひとつもらして、トキヤは話し始めた。

「1週間ほど前から、ハヤトに元気がないとは思っていました。でもここ3日ぐらいは特にひどい。あれは仕事の悩みなら他人にわかるようにはしません」

あれというのは言わずもがなハヤトのことである。トキヤは度々ハヤトのことを「あれ」とか「あのバカ」とか言うけど、兄弟だからか…いやでも音也にも言ってるか。レンにも言ってたような。

「つまりハヤトがあんなふうになる原因はあなたしか考えられないんですよ」
「当たり!」
「当たり、じゃありませんよ!ハヤトの口からあんなにため息が出るなんて今までかつてありませんでした。これでは仕事に身が入っているのか心配です。喧嘩でもしたんですか?」
「喧嘩というか…ちょっと叱っておさわり禁止を…」
「そんなこと…まあたまにはいいですが、1週間はやりすぎです。ハヤトが耐えられるわけないでしょう」
「うーん…やっぱりやりすぎちゃったか」

とにかく早く元の状態に戻ってください、ハヤトの仕事のミスが私にまで降りかかったらうんたらかんたら。トキヤは早口に言い捨て、その場を去っていった。そういえば、ハヤトとトキヤは深夜のランキング系の番組をやってたっけ。
それにしても、ハヤトが外でもそんな状況だとはなあ…いや、家では全くそんな素振りは見せないのに。そういえば、最近スタジオでハヤトを見かけないなと思ったけど、もしかしたらあまり会わないようにされていたのかもしれない。
とりあえず、今日は帰ったらハヤトに話をしなきゃならない。あのトキヤが私たちの関係に口を挟むなんて、これもまた今までかつてなかったことだ。トキヤごめん。





「ただいま」
「おかえり〜」

午後3時。早めの帰宅だなあと思ったら、ハヤトの方が早かったらしい。そういえば、今日は雑誌のインタビューだけで午前中しか仕事がないって言ってたっけ。でもいつもならあそこに行こうとかこのDVD見ようとか言ってくるのに…そういうことはなかったな。
それに、ただいまと言ったら飛び付いてくるぐらいの勢いがあったのに。

「あ、ちゃんも紅茶飲む?」
「うん、ジャケット掛けてくるね」
「はーい」

クローゼットにジャケットをしまい、鞄も所定の位置に置いてラフなスタイルに着替えると、紅茶がわいたよー、という間の抜けた声がリビングから聞こえた。

「ありがと」
「いえいえー、砂糖は1つ入れといたよ〜」

にこにこ笑うハヤトの隣に座る。ソファの背もたれにはクッションがセットされていて、きっとハヤトが置いてくれたのだろう。こういうところは意外と気が利くし、大切にされてる実感も湧く。

「……、ハヤト、こっちむいて」
「え、なに、っん!」

雑誌の、自分の特集に目を向けていたハヤトが顔を上げた瞬間に、思い切り唇にキスをした。驚いて体を強張せた彼の肩をつかみ、何度も何度も角度を変えて、濃厚なキスを時間をかけてする。ハヤトも次第に抵抗、というか緊張が抜けて、私にされるがままの状態に。でも突然、私の肩を突き放すようにぐっと押した。

「っ、はぁっ、ちゃ、なんで」
「…ハヤトがいくじなしだから」
「な、だってボクはちゃんがおさわり禁止って言ったから」
「1週間も前のことなんだよ?」
「で、でも!ちゃんが…ちゃんがいいよって言うまで我慢しなきゃ…だめだって思って…じゃなくちゃ、嫌われ…っ」

ぽろぽろ。両目から落ちる涙の雫が、彼の白い頬を伝って落ちた。あ、と気づいてパーカーの袖で目を拭く。それでも涙はなかなか止まらなくて、鼻をすする音も聞こえてきてしまった。

「ごめん…泣くつもりなんて、なかったのに…」
「…ハヤトはバカだね」
「え、」
「どうしてそんなに我慢してたの」
「だ、だって…」
「ほんとは、ずっと触れたかったんでしょ?」

ハッとしたように私を見るその目は、まだ涙に濡れていた。怒られた子どものような顔。そんな顔に、私がさせてしまったんだよね。やっぱり彼には酷なことだったんだろう。

「ごめんね、私もあの時はちょっと頭に血が上ってたよ」
「…、でも、ボクが悪かったから…」
「それでも…ハヤトがこの1週間つらい思いをしていたのには変わりはないから」
ちゃん…」

彼の、まだ涙が溢れる目尻を撫でてやれば、その手に自分の手を添えてぎゅっと握ってくる。まるで愛おしむようなその表情は、彼の不安と安心感のどちらもを含んでいるように見えた。

「ボク、ずっとちゃんのことぎゅってしたかったし、キスだってしたかったんだ。でももしまた触っちゃダメって言われたら、もう耐えられない気がして…、それならやっぱり我慢しようって。だってそんなことでちゃんに嫌われちゃうなら、キスもハグもしないほうがマシだよ…」

私の指先に、彼の涙が染みていく。
こんなにも弱いハヤトは初めて見た。でも、ハヤトは私が思っていた以上に、私のことを本当に大切に想ってくれているということだろう。キスもハグもしないほうがマシというそれは、言い換えればキスもハグもなくても傍に居られればいいということだ。

「ハヤト、顔を上げて」
「う、う…」
「ごめんね、大丈夫だよ…私もハヤトが好きだから」
ちゃん…っ」
「不安にさせてごめんね…」

彼の頭を掻き抱くように抱きしめれば、私の背中に大きな手が回されて強く強く抱きしめられる。まるでしがみつくような、そんな腕の力。震え。ハヤトが溜め込んだ1週間分の不安が、涙と一緒に流れ落ちていく。私の服にもきっと、その不安のシミができているのだろう。

ちゃん、ボク、ちゃんじゃないとダメだよ、ちゃんじゃなくちゃ…、」
「うん、私も、私だってハヤトがいいよ」
「…こんなに、泣き虫でも?」
「泣き虫ハヤトも、全部好きだよ」

ハヤトのおでこにキスをすれば、顔を上げた彼が私の頬に口付ける。ついばむようなキスが可愛くて、私もハヤトの頬に同じキスをしてやると、彼の唇が私の唇を塞いだ。触れるだけのそれは、少し涙のしょっぱい味がする。
泣き痕が残る目元が痛々しいけれど、それでも心から笑うハヤトがやっぱり好きだなあ。
今日は1週間分甘やかしてあげよう。一緒にお風呂に入ったり、一緒の布団で寝たり。


おさわり禁止令



私もやっぱり、ハヤトが足りてないみたいだ。






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