頭が痛い。咳も酷くて、熱っぽい。それでも、なんとか普通を装ってハヤトを送り出した午前9時。体温計は38度を知らせていた。間違いなく風邪だ。
こりゃまずい。売れっ子アイドルに風邪なんてうつしたら大変なことになってしまう。
とにかく食べて、常備薬に買っておいた風邪薬を飲んで、ベッドにダイブ。
よかった、ベッドは二人分、各自の部屋にそれぞれある。もし同じ布団で寝てたら、彼をソファで寝かせることになりかねない。
午前11時。今から寝たら、午後3時ぐらいには目覚めるだろう。
ハヤトが帰ってくるのは確か6時ぐらいだったはず。夕食の支度は十分できる。
目を閉じれば、だるさと薬の副作用が私の意識を少しずつ夢の中へ落としていった。
「ん……」
今何時だろう。意識がだんだん戻ってきて、私はやっと瞼を開けた。部屋は薄暗い。
…え?まさかまさか。
ベッドサイドの置き時計を見れば、短針は9の数字の上にあった。
つまり、9時台。午後9時35分だ。
やってしまった!
まさかこんなに眠っているなんて!うそでしょ!?
夕食の支度!ハヤトは!?もう帰っているよね!?
あまり上手く機能しない頭の中に、次々と浮かぶ焦りの要因たち。
とにかく起き上がらなきゃ!
「…?」
私が上体を起こそうとした時、やっと違和感に気づく。
布団が上手く捲れなくて、ツンと引っ張るこの感じ。
「…ハヤト?」
私のベッドの左側に寄り掛かって眠る、彼。腕は私の布団の上に置かれている。
…もしかして、帰ってきてからずっとここに?
「ハヤト、ハヤト起きて」
とにかく起こさなきゃ。ここにいたら私の風邪が移ってしまう。そんなことになったら一大事だ。
「ハヤトってば」
肩を揺すると、ハヤトの指がぴくりと動いた。
むにゃむにゃ聞こえた後、ゆっくり顔を上げて目を擦り始める。
「ん……ちゃん…」
「ハヤト、なんでこんなとこにいるの」
「ふぁ…おはよう」
「おはようじゃないよ…風邪移っちゃうじゃないの」
ハヤトはひとつあくびをしながら、ベッドから体を起こした。
間を入れずに私の額に手の平をあて、うーんと唸りはじめる。
「熱は下がったかにゃあ」
「ちょ、人の話聞いて…」
「ちゃん、朝から具合悪かったでしょ」
「え」
「ボクわかってたんだからね。心配で急いで帰ってきたら辛そうにして寝てるし…ボクが額の汗拭いてあげても起きなかったぐらい」
突然ハヤトが真面目に言い出すものだから、私はつい離れてという言葉を飲み込んでしまった。
額から手の平を離し、彼はいつもの顔で笑顔を作る。
「むりしなくていいのに、つらかったらつらいって、言って欲しかったな」
「…ごめん、なさい」
「ふふ、わかってくれればいいの」
その綺麗な手で私の頭を撫でてきたかと思えば、ぎゅっと抱きしめられる。
ハヤトの心臓の鼓動が伝わってきて、それだけで安心してき…、
「って!風邪移っちゃうから!離れてってば!」
「えーっちゅうもしたいー!」
「こら!やめなさい!とにかく早く手洗ってうがいして!私に触っちゃだめ!」
「うう…」
勢いよくハヤトを振りほどく。私から手を離した彼は、いつもやるようにしゅんとうなだれて私を見つめてきた。
そんな顔されても…風邪を引いて困るのはハヤトだけじゃないんだからしょうがない。
「…ちゃんはきたなくないもん」
「いや…風邪引いてるから」
「ばい菌じゃないもん!」
「ハヤト!わかってちょうだい!とにかく今日はもう部屋に入ってきたらだめ!」
「う、うう…」
駄々をこねるかと思えば、意外とあっさり部屋を出て行った。
予想外すぎて少し妙な気がしたけれど…まあいい、わかってくれたのなら。
と思った私が甘かった。
10分ほどしたところで、またハヤトが部屋に入ってきた。
「だから入ってきたらだめだってさっき言っ…」
「ごはん、持ってきたの」
ハヤトの手には、お粥であろう物が乗ったトレイ。
飲み物や薬も乗っていた。
「食べてないでしょ?夜ご飯」
「…うん」
「実はちゃんが寝てる間に作っておいたの」
まさかハヤトが料理でき…いや、そんなに気を使える人間だったなんて。
私が少なからず驚いている間に、こちらに近寄ってサイドテーブルにトレイを置いた。
「…ちゃんが食べ終わったら行くから…それまでいてもいい?」
随分と交渉が上手くなったものだ。こんなことをされて、だめだなんて言えるほど私は心ない人間にはなれない。
サイドテーブルの上のお粥が、美味しそうに湯気を揺らしている。私のために、作ってくれたんだなぁ。
「…食べ終わるまで、だよ」
彼が作ってくれたお粥がどんなに豪華な料理より美味しく感じたのは、風邪のせいなんかじゃないだろう。
誰よりも幸い人
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