誕生日に音也くんからもらった、赤い石がついた可愛い指輪。
本当に嬉しくて、いつもつけてたお気に入りのそれが、どこを探しても見当たらない。
今日、打ち合わせに行った時は確かにつけていた。でもその後買い物をして家に着く寸前に、つけていたはずの指輪がないことに気づいたのだ。その瞬間は全身から血の気が引いたような気分さえして、次に冷や汗がどっと噴き出してきた。
もちろん、外した覚えなんてない。鞄の中のものを取るときに引っ掛けて外れたのかと、鞄の中を探してみてもないし、ポケットの中にだってなかった。

どうしよう。でもここまできたら、やっぱり外しかない。
打ち合わせは事務所の応接室の一室を借りて行った。ということは応接室か、寮の私の部屋から応接室への道のりか、または応接室から買い物をしたスーパーまでの道のりか、スーパーから私の部屋までの道のりの中になる。
時刻は既に17時を回っていた。もう陽が沈みかけている。でも、今探さなかったら明日になんて絶対見つからないだろう。

私は意を決して、荷物を部屋に投げ込むように置き、携帯電話と財布が入った鞄を引っ掛けて部屋を飛び出した。





事務所で鍵を借り、応接室をくまなく探した。ソファーの下、少しの窪み、部屋の隅から隅まで。

(ない…)

部屋を何周もして1時間以上探しても、やっぱり見当たらない。
明日の仕事が何時からだとか、そんなことは考えられもしなかった。それぐらい、今の私にとっては指輪のことが気掛かりで仕方がない。

事務所に応接室の鍵を返し、今度は寮ではなくスーパーまでの道を、下を良く見ながらゆっくり歩いた。ふと見た腕時計は19時を告げている。
それでも私には、指輪を探さないという選択肢はないのだ。大切な大切なそれは、まるで音也くんのようで、私はあの指輪を身につけていたら彼が傍にいるような気さえしていたのだから。

けれどもやっぱり現実は残酷で、事務所からスーパーへの道のりの間でも指輪は見つけられなかった。ゆっくりじっくり探しながら歩いたせいで、普通なら15分の距離なのに50分もかかってしまった。
スーパーの店員さんに、落とし物に指輪がないか尋ねたが、いい返事は貰えなかった。念のためスーパーの中を、お客さんに迷惑にならないように見回った。でもやっぱり、指輪はどこにも見当たらない。

このまま見つからなかったら、そんなことを考えてぞっとした。
音也くんに何て言えばいい?あんなに大切なものをなくすなんて。
失望されるかもしれない。何よりも音也くんの少しでも悲しんだ顔を見るのは、心が張り裂けるように痛む。それが、私が与えた悲しみであるのなら尚更。



とうとう目頭が熱くなってきた。こんなところで泣くものかと思っても、私の瞼は水分を溜め始めてしまう。

こんなはずじゃなかった。あの指輪は、ずっと私の傍にあって、いつか新しい指輪を貰ったとしてもずっと大切な宝物。そんなことを夢見ていたのに。
どうして上手くいかないんだろう。こんな結末なんて望んでなかった。


それでも私は懲りずに、スーパーから寮への道を下を見ながら歩き続けた。下を向いたせいで瞼の水分が雫になりかける。化粧も気にせずそれを拭った。視界がぼやけて見つけられないよりはましだ。

「どこにあるの…っ」

スーパーから歩いて30分。寮までは、このままのペースでいけば15分程で着くだろう。けれどもその間に指輪が見つかるなんて、信じることが出来なくなってきた。
もう見つからない。私は心の奥で、そう諦めてしまいかけている。さっきまで我慢していたはずの涙が、ぽたり、ぽたりと零れ出した。

「っう、う…」

そうなれば、もう涙が止まることはない。頬を伝って流れる涙をただひたすらに手の甲で拭うしか、私にはできることがなくなってしまった。

〜!!」

突然聞き慣れた声に呼ばれ、俯いていた頭を上げる。走ってこちらに来るのは、音也くん。
今は会いたくなかった。だって、どんなにごまかしても指輪をなくしたことを言う結果になってしまう。

「はぁ、はぁ……、家にいないし、携帯も出ないから…心配したよ」

私の近くまで駆け寄った音也くんが、両膝に手をついて肩で息をしながら言う。

「遅くなってきたから…探しに来ちゃった。事務所行っていなかったから、近くの公園とかも見て…」

私が指輪を探している間に、音也くんは私を探していたらしい。思わぬ迷惑をかけてしまったことが、更に私の罪悪感を大きくした。

「って…、泣いてるの…?」
「あ、いや…」
「どうしたの?どこか痛い?誰かに何か言われたとか?」
「ち、ちがうよ…」

顔を覗き込んできた彼の瞳があまりにも純粋で、思わず目を反らしてしまう。音也くんはそんな私の手をぎゅっと握り、そして引いた。

「とりあえず、帰ろう」
「っ、音也くん…!」

私は踏み止まり、震える声で彼の背中に呼び掛けた。音也くんは驚いたように私を振り向いたけれど、すぐに大きな手の平が私の頭を撫でてくる。ぽんぽん。暖かい彼の手の平が、今は涙腺を刺激する優しさでしかない。

「…どうしたの?」
「わたし…なくしちゃったの…っ」
「なくした…?なにを?」
「音也くんから貰った指輪…」

ぽろぽろ。零れる涙で、音也くんがどんな顔をしているかわからない。
でも、わからなくて良かったかもしれない。だって怖い。彼が悲しむ顔をみるのも、失望した瞳を見るのも。
だけど違った。私の頭を撫でていた手は一瞬止まったけれど、すぐに頬を添えられてゆっくりさすられる。

「それで泣いてたんだね…」
「っ…ふ、ごめん、なさ…っ」
「大丈夫だよ…」

ぎゅう。音也くんの両腕に抱きしめられて、顔が音也くんの胸にぴったりくっつく。服が涙で濡れちゃうよ。そう言ったのに、彼はお構いなしに私を抱きしめた。

「もしかして、探しててこんなに遅くなったの?」
「う、ん…」
「そっか…」
「ほんと、ごめんね…わたし…っ」
「いいよ、大丈夫…。指輪なんて形でしかないし、また新しいものを贈ることだってできるんだから」

彼は腕の力が緩め、私と目線を合わせるように屈んだ。まだ止まらない私の涙を指で拭い、そこに小さくキスを落とされる。

「ふふ、大丈夫だよ。ほら、泣かないで」
「だ、だって…っ」
「大切にしてくれてたんだね…ありがとう、嬉しいよ」

ごめんなさいとか、そんなことしか浮かんでこない私に、あやすように優しく笑いかける音也くん。なんで彼はこんなに優しいんだろう。もっと怒ったりしてもいいのに。だってあんなに大切なものをなくしてしまったんだよ。

「だから、そんなに、はい」
「えっ…?」

音也くんがポケットに手を入れ、目の前に差し出してきたそれ。
それは紛れもなく、私がずっと探していた、音也くんからもらった指輪だった。

「わ、わ…こ、これ!」
「俺が事務所から帰ろうとしたときに、入口に落ちてるのを見つけたんだよ。だからに届けたかったんだけど…なかなか見つからなくて。探すのが大変だったよ」

困ったように笑う彼の顔。それを見て、私はまたじわじわと涙が込み上げてきたのを感じた。
目の前にある指輪は、確かに私が探していたもの。まさか、彼が拾っていたなんて。

「さあ、左手を出して」
「えっ…」

動揺する私の左手を捕まえて、ゆっくり薬指に指輪をはめていく。そしてぴったりはまった指輪を見て、音也くんは満足そうに笑った。いつもの可愛い無邪気な笑顔。

「うん、やっぱりに似合う」
「……」
「…あれ??」
「音也くん…持ってたなら最新から言ってくれれば良かったのに…」
「へへ、だってが必死で可愛かったんだもん」
「も、もう…!」

私が少し頬を膨らますと、彼ごめんごめんと笑って、先程のように私の手を握った。

「帰ろうか」

今度は学生のころとは違う、少し大人びた表情。夜の暗闇の中で月に照らされて、かっこいい。いつまでも男の子じゃないんだな。男の人になっていく音也くんが、なんだかくすぐったく感じる。

「…うん」

手を引かれる。今度こそ、私たちは寮への道を歩き始めた。音也くんの隣に並び、同じ速度で歩く。

「…ねぇ、さっきのは嘘じゃないよ」
「え?」
「指輪なんて形でしかないってこと。俺たちにはそんなものに捕われない愛があるんだよ」
「…うん、そうだね」


見えない愛情のかたち



ゆっくり、ゆっくり歩く。
今度は、彼と手を繋ぎながら、二人で。






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