今年の誕生日は、珍しくオフをもらった。
いつもは仕事だったぼくの誕生日。だって、せっかくの年に一度のぼくだけのイベントだもん。生放送やライブで祝われるのってスタッフとしても盛り上げやすいし、何よりネタとしては持ってこい。そこでちょっとうるうるしたら(これはしようとしてなるわけじゃないけど)さらに観客が盛り上がる。
そんな策略もあって、これまでの誕生日は決まって仕事。
でも今年は初めて、この日をオフにしてもらった。

それはなぜかって?
そんなの決まってるじゃないか!

ちゃーん!」

ピンポンと呼び鈴を鳴らし、お目当ての女の子を呼んでみる。まぁ女の子って言ってもぼくと同い年なんだけど。
もう一度呼び鈴を押すと、ばたばたと走る音が聞こえてガチャリ、ドアが開いた。

「嶺二…なに?」
「なにって、ひどいなあ彼氏に向かっ」
「こら!廊下て言わない!さっさと入って!」
「…はぁい」

おじゃましまーす!ぴょんっと玄関に入ったら、ちゃんはドアを閉めて鍵をかけた。
リビングに向かう彼女の後ろ姿を追いかけて、ぼくもついていく。

ぼくが今日をオフにした理由、それは、ちゃんもオフだったから、だ。
みんなのスケジュールは事務所で確認することができる。いわゆるシフト表みたいなものが、事務所の掲示板に貼られているのだ。
だからぼくは、前もってちゃんの予定を把握することができるのである。彼女はそれを少しうっとおしそうにしてるけど、そんなことは気にしないのがぼくのポリシー。

「なんの用事?」
「え…ちゃんわかんないの?」
「?」
「う…うう…」
「あーもう、わかってるわかってる!」

ぼくが大袈裟に泣きまねをしてみたら、それに呆れたようにちゃんが切り出した。

「誕生日おめでとう。私の方から行こうと思ってたのに」
「え!まさか!うそっ!」
「あんたね…、嶺二がオフだってスケジュールに出てたから。珍しいじゃない、誕生日をオフにするなんて」
「だってちゃんがオフだったから…たまには恋人と誕生日、一緒に過ごしたいなあって思って」

そういえば、ちゃんも誕生日は毎回仕事だ。ぼくはちゃんへのおめでとうの言葉を、メールや電話でしか伝えたことがない。
それはぼくの誕生日においても言えたことて、こうやって会っておめでとうの言葉を貰ったのは初めてだ。
なんというか…凄く心に染みてくる。嬉しい。その日に伝える、伝えてくれるって、こんなに幸せなことだったんだな。

「プレゼントは?」
「自分で言っちゃうのか…」
「ねーねープレゼントは?」
「…それが…、何がいいかわからなくて…」
「え」
「だって…嶺二といえばから揚げぐらいしか…」

ちゃんは本当に申し訳なさそうな顔をしてぼくを見た。
でもその理由はどうなの…まぁ誕生日にから揚げ貰っても困るけど。

「だから…ごめんね、何も用意してないの…」

しゅんとした彼女が、随分小さく見えてしまった。本当に、きっといろいろ悩んだのだろう。
さっきからちょっとツンツンなちゃんだけど、ぼくのことは誰よりも好きなのだ。素直になれないところがまた可愛い。

「いいよ、気持ちだけですごく嬉しい」

にっこり笑って言えば、ちゃんがほっと肩を撫で下ろした。
少し困ったように笑う彼女の顔はとても綺麗で、こんな子がぼくの恋人だなんて、勿体ない気がする。

「…だから、ちゃんをちょうだい?」
「え?」
「ぼくはなんにもいらないよ。でもどうしても、ちゃんだけは欲しいんだ。何があってもね」
「え…え、……え、」
「ほら」

両腕をひろげて待ちかまえてみる。
目の前の彼女はうろたえたて、これからの展開を予想して混乱しているのだろうか、口をぱくぱくしたまま。
赤面状態のちゃんを見ているのは楽しいけれど、もう待ってなんてあげられない。

「もう、ほらっ」
「わ」

細い腕を引っ張って手繰り寄せ、思いっきりちゃんを抱きしめた。
ぼくの腕の中に収まった体はとても華奢で、でもあたたかい。ほんのりいい匂いがする、ぼくが大好きなちゃんの匂いだ。
柔らかい彼女の体温に、溶けてしまいたくなる。

「れ、れ、嶺二…」
「…ふふ、大丈夫、変なことしないから、肩の力抜いて」
「は、ふ…」

ちゃんの体の強張りがほどけるのが伝わってくる。
いつもは威勢のいい彼女だけど、いざ恋愛、という行為になればすごくウブなのだ。
だからぼくたちは付き合ってから2年が経ったというのに、まだ情事には至っていない。
ぼくは別に、ちゃんとセックスがしたくて付き合っているわけじゃないから…それはそれでいいのだ。
それに、お互いにずっと忙しくて、恋人としての距離をつめることで精一杯で。
…でも、さすがにそろそろいいんじゃないかな、って。

「ぼくは…いつでも大丈夫だよ」
「え、」
ちゃんと、するの」
「な…」
「だから、ちゃん待ちかな」

ゆっくり彼女の後頭部を撫でながら言えば、ちゃんが腕をぼくの背中に回してくれる。
この瞬間は、彼女もぼくと抱きしめ合いたいと思ってるんだなぁって、心から感じることができる。ああ、きみが大好きでしかたがない。ずっとずーっと、こうして体温を分かち合っていたい。

「…、い、いよ…」
「………へ?」
「だ、だから…いいよ…」
「え、ちょ、ちゃん、どしたの?」
「も、もう…!嶺二が誕生日、だから!」

耳がとても赤い。ちゃんはぼくの胸に顔を押し当てて、思い切りぼくのことを抱きしめていた。
そんなことされたらたまらない。ぼくも、ぼくから話をふっかけたというのに、ちゃんに負けないぐらい恥ずかしくなってしまう。

「あ、あの、えと…」
「……」
「えっと、と、とりあえず、お昼ご飯食べようか!ぼく起きてからなにも食べてなくて!」
「あ、そ、そうだね!待ってて今から作るから!オムライスでいい?」
「う、うん!ケチャップでメッセージ書いてね!」

しどろもどろなぼくたち。
よたよたとキッチンに向かうちゃんを見ながら、今日のこれからについて考えずにはいられなかった。
今日はぼくの誕生日だけど、2人にとって最高の記念日になる。そう、絶対にね。




ぼくが彩ってあげる








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