アイドルデビューしてから約1年。翔くんは持ち前のセンスで、どんどん人気アイドルになっていった。もちろん、同時期にデビューした他の仲間たちも。
最近はまだ若手なのにバラエティーの司会もやり始め、人気はますます高くなる一方。それとは逆に、私と翔くんが過ごす時間は減っていった。

最近は特に会えていない。だからさすがの翔くんもそれを気にして、今日の夕方からデートをしようと言ってきた。
翔くんはそれまでお仕事。なので、私達は近くの駅で待ち合わせをすることにした。そのまま映画でも見に行こうと言われたので、私は日向さんが出演している映画を提案した。翔くんはすごく楽しみにしている。


せっかくデート、しかも翔くんから誘ってくれた、久々の。
私は午前中から着る服やヘアーアレンジのことで頭がいっぱいだった。

「うーん…これはちょっと派手かな…」

この前買った新しいスカート。ピンクで、フリルが可愛い。でもあまり目立つ格好はできない。翔くんもきっとあまり目立たない服を選ぶだろう。

「…こっちがいいかなあ…」

手にとったのは黒ベースの膝丈のワンピース。これに合わせるならこっちのカーディガンかなあ。

「…これだとちょっと地味かも…」

あああ!服が決まらない!
うんぬん悩んで、徐々に部屋の床が服だらけになっていく。

「あっ」

クローゼットの奥に眠っていたスカートを見つけた。これは、そうだ。翔くんが前に見立ててくれたスカート。一度履いたけど、なんだか勿体なくてあれ以来履いていなかった。
白いプリーツに黒いリボンがついている、少し短めのデザイン。

「…これにしよう」

私はそれをハンガーから降ろし、スカートに合わせる紺色のブラウスと薄いピンクのカーディガンを手にとった。

「…翔くん、覚えててくれてるかなあ」

もしかしたら彼はスカートを見立てたことなんてすっかり忘れてるかもしれないけれど。
私はデートに胸を躍らせながら、今度はアクセサリーや鞄を選び始めた。





午後3時30分。数分前から突然降り出した雨は、止む気配なんてまったく見せてくれない。待ち合わせは近くの駅に4時。そろそろ家を出なければ。
こんなときにわざわざ雨が降るなんて…。私はパンプスを履き、傘を手にとって家を出た。
やっぱり土砂降り。これじゃあ足元が濡れちゃう。ストッキングに雨水が跳ねたらやだな…。

家を出て二つ目の信号が見えたところで、私はあることに気がついた。そういえば、携帯電話を鞄に入れた記憶がない。
傘を肩にかけて、不慣れな動作で鞄の中を探した。やっぱりない。
これはまずい。翔くんから遅れるだとか仕事が長引いて今日は無理だとか、そんな内容のメールや電話がきたら困る。そんなことは過去に少なくなかった。

小走りで家まで戻り、テーブルの上に置きっぱなしだった携帯電話を手にした。待受画面にはメール受信の表示も着信の表示もない。よかった。いや、よくない。携帯電話を鞄にしまい、勢いよく家を飛び出した。

雨は先ほどより勢いを増しているようだった。走れば待ち合わせの時刻に間に合う。とにかく急がなきゃ。小走りとは言えない速度だったが、それでも水が跳ねないように、そして水溜まりに気をつけながら道のりを急ぐ。せめて雨さえ降らなければ、もっと早く走れたのに。
駅まであと角を二つ曲がるだけ。そこまできて、私は想像していなかった事態に遭遇してしまった。

ベシャリ。
思い切り体が地面にぶつかる。私はレンガのようなブロックが合わさって出来ている道の、そのブロックとブロックの隙間にパンプスを引っ掛けて、そして転んでしまったのだ。


…こんなはずじゃ。どうしよう。
傘は私の真横に転がっている。引っ掛けたパンプスは脱げてしまった。髪も手足も服も、翔くんが選んでくれたスカートもべしゃべしゃに濡れている。
駅の近くだから人通りは多い。道行く人が、座り込んでいる私を怪訝な目で見ていることだろう。
泣きそうになった。こんなのひどい。私は立ち上がることが出来なくて、地面を見つめていた。

「大丈夫ですか?」

私の視界に入るように差し出された手の平。
頭に雨が当たらない、きっと声の主が傘を私に傾けてくれているのだろう。

「…翔くん…」

顔を上げると、そこには翔くんがいた。困ったように笑って、私を見つめている。

「なにしてんだよ、バカだなあ」
「ば、ばかって…」
「とりあえず履けよな」

翔くんは転がっていたパンプスを私の近くまで持ってきてくれた。
そして翔くんは自分が持っていた傘を私に手渡すと、雨に濡れるのも構わずに離れ、私の傘を畳んで放り出された鞄へと向かった。中身が散乱してる。彼は急いでそれらを中にしまい、そして私に差し出した。

「とりあえず家に戻った方がいいな。立てるか?どこか痛めてないか?…って、手も足も擦りむいてんじゃん」
「…うん」

私はゆっくり立ち上がり、翔くんに傘を渡した。それを合図にしたように、翔くんが私の手を引いて歩きはじめる。

「手当てが先だな」
「…ごめんね」
「別にいいって」
「…映画…翔くん楽しみにしてたのに…もう間に合わない…」
「そんなのいつでも見れるだろ。それに二人でいられることに変わりはないんだし」

翔くんの手の力が強くなる。私もぎゅっと握り返した。





「いたっ」
「がまんがまん」

家についてシャワーを浴び、翔くんが丁寧に手当てをしてくれている。消毒液は傷口に簡単に染みてしまう。

「ほい、しゅーりょー」
「ありがとう…」

傷の面積が絆創膏で足りるものではなかったので、ガーゼをテープで押さえてくれた。翔くんは救急箱を所定の位置に片付けると、ソファに座る私の隣に腰を下ろした。

「早く治るといいな」
「うん…スカートもクリーニングに出さなきゃ」
「ああ、あれって俺が見立てたやつだろ?」

ハンガーにかけてあるそのスカートを見ながら、翔くんが笑った。
覚えててくれたんだ。

「…うん。ごめんね、汚しちゃって…」
「いやいいよ。それより、しばらく見てなかったからさ…ほんとは気に入ってなかったのかなって思ってた」
「えっ、そんなことないよ!その…勿体なくて…」
「はは、なんだよそれ」

ばかだなあ。また彼の口から漏れる言葉。それと同時に、私の頭をゆっくり撫でる翔くんの手の平。あったかくて、優しい。なんだか涙が出てきそう。

「履いてやらねーと、スカートが悲しがるぜ?…俺もだけど」
「え…うん…ごめん」
「あーもう、謝るなよ…って、お前なに泣きそうな顔してんの」

翔くんにまじまじと顔を見られて、思わず逸らしてしまった。でもすぐに両頬を手のひらで包まれて、彼の方を向かされる。額に、短く触れるだけのキスが落ちてきた。
その後すぐに抱きしめられる。優しくて、柔らかい抱擁。
背中に腕を回してみれば感じる。やっぱり翔くんは、体こそ大きくないものの、男の子なんだなあ。背中が大きくて、しっかりしてる。

「…やっぱりさ、今日は二人だけでいられてよかったかも」
「え?」
「こうやってまったりできるから。がコケたことも結果オーライだな」

そう言って無邪気に笑うから、どうしようもなく嬉しくなってしまって。
私は彼の肩に額をくっつけで、ぎゅっと抱きしめた。


私だけの魔法使い



他愛もないことで私を幸せにできる、やっぱり翔くんはすごいよ。






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