何となく眠くなってきた目を擦ると、隣にいたトキヤの腕が伸びてきて、私のその手を掴んだ。
赤くなりますから擦らないで、とかなんとか言って、すぐに歯ブラシに歯磨き粉をつけて持ってきてくれる。それを適当に口の中に入れてシャカシャカしてると、トキヤも隣でシャカシャカしてた。左手にはドラマの台本。起用にまあ、チェックしながら歯磨きしてる。私は目の前のテレビを見ながらとりあえず手を動かしていた。
トキヤが立つよりも早く立ち上がり、洗面台でうがいをしていると、トキヤが後ろで順番待ち。私のうがいが終わってトキヤにバトンタッチする。ふあ、と小さくあくびをしながら、さっきまで座っていたソファに戻った。

「寝ますよ」

うがいを終えて戻ってきたトキヤが一言。手をさしのべてくるから、その手を取らないわけにはいかない。

「はーい」
「あなたは寝付きが悪いんですから」
「ごめんなさい」

そのとおり、私はすこぶる寝付きの悪い人間だ。例え今みたいに睡魔がこんばんはとやってきても、布団に入るとなぜか眠れない。ずっと昔からこうなのだ。3時間ぐらい眠れないこともあって、もういっそおきた方がいいのではと考えてしまう日もある。

「今日はどの本にしましょうか」

ベッドサイドの小さな本棚には、びっしり本が並べられていた。どれも小学生が理解できるような内容で、絵本とまでは行かないがハードカバーで文章が並ぶ本だ。たまに挿絵がある。昨日は人魚姫のお話を読んで貰った。今日はどうしようかな。悩んでいると、何か思い出したようにトキヤがいなくなった。

「今日買ってきたんです、そろそろ飽きてきたかなと思って」

トキヤが持ってきた書店の紙袋の中には、同様の装丁の本が3冊。1冊は男の子の冒険もの、1冊は海の動物のお話、そして1冊は歌が得意な王子様のお話。まるでトキヤみたい。

「じゃあこれにしようかな」

私が指さしたのは、歌が得意な王子様の本。トキヤはわかりましたと言い、ベッドにその本だけを置いて、他の本は棚に丁寧にしまった。
私はベッドの右側に入る。トキヤはもちろん左側。そしていつものように、トキヤがこちらを向いて、私は彼に背中を向けるように、少し低い位置に寝転がる。私の頭の下では彼の右手が枕の役目を果たしていた。そしてその右手の先には先程の本。彼の左手は、私の体をとんとんと優しく叩いていた。

「読みますよ」
「うん」

トキヤと同棲を始めてから、あまりにも私が眠れないということにトキヤが悩んでいた。私は今の今までずっとこうだったので、今更だと思って対処法など考えたことがなかったので、こんなにもトキヤが悩むとは吃驚だった。まあ、それもそうか。同棲している相手が夜な夜な起き上がったりをしょっちゅう繰り返していれば、あまり落ち着かない。
結局、いろいろなことを考えたが、この形にいきついたのだ。トキヤに読み聞かせをしてもらうと、15分ぐらいですぐに寝ることができる。それが分かってから今までの半年間、ずっとトキヤは私に読み聞かせをしてくれている。まあ、ロケなんかで家を留守にするときはムリだけれども。それに私にも作曲の仕事が入っていれば、寝る時間はお互い一緒にならない日も多い。だからこれが毎日だというわけではないのだ。

耳元でトキヤの柔らかくて綺麗な声がかすめる。トキヤもトキヤで読み聞かせに熱中してしまっているときがあるらしく、それなりに感情を込めて語ってくれるから聞いていて面白い。(私が寝ようとしていることはわかっているので、そこまで極端に感情を込めることはないけれども)たまに私が寝ていることに気づかず、30分ぐらいずっと一人で語ってしまうこともあるらしい。
トキヤって役者もしてたんだよなあ、と改めて実感するのである。

そんなふうにトキヤの読み聞かせを聞いていたら、良い感じに瞼が重くなってきた。
もう少し聞いていたいなと思ったけれども、この重みには逆らえない。ゆっくり瞼を閉じて、今度は耳で彼の声を聞きながら、私は夢の中へと落ちていった。
明日はこのままトキヤの腕の中で目覚めることができるなんて、これ以上ない幸せだよ。


子守の囁き






 

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