「すみません」
「……」
「…、いつになったら機嫌を直してくれるんですか…」

先ほどからずっとこうだ。私はほんの少しのトラブルで、彼女の機嫌を損ねてしまった。
トラブルの内容とは、私がケーキを買ってくるこを忘れてしまったことだ。
今日は記念すべき交際1周年で、私たちは今夜仕事が終わってからの部屋でそれを祝おうという話になっていた。彼女がディナーを作り、私がケーキを買ってくる予定だったのだが、うっかりそれを忘れてしまった。今から買いに行こうにも、洋菓子店はどこも営業を終了してしまっている。
それをに伝えたら、もうずっとこうだ。拗ねて口をきいてくれない。確かに私が悪い。反省している。しかし、こんなに物分かりの悪い彼女を見るのも初めてで、もうどうしたら良いかもわからなかった。

「…もういいです、勝手に拗ねていればいい。私は部屋に戻ります」

荷物と上着を手に持ち、玄関に繋がるドアを開けようと手をかけた。
しかし、その時背中に重みを感じる。案の定、が私の腰周りに腕を回していた。その体は小さく震えている。

「……」
「ご、めんな、さい…」

小さな声だったが、私の耳には十分に聞こえた。
彼女の手をそっと外し、ゆっくり後ろを振り返る。は顔を伏せていたが、私には泣いているとすぐにわかった。

「ごめ、なさ、」

ぽた、ぽた、とフローリングに水滴が落ちる。私がの頬を両手で包むと、微かに顔が上を向いた。少しだけ見える目元は確かに濡れている。
そのまま彼女の顔を私の胸に押し付けるように抱きしめた。すると、すぐに両手が私の背中をとらえ、わんわんと泣きはじめた。

「ごめんなさい、とき、や、ごめん、なさ、きらいに、ならないで…っ」
「嫌いになんてなるはずないでしょう…」
「でもっ、で、もっ、」
「落ち着いて下さい…大丈夫です、ゆっくり息を吸って」

涙と嗚咽で上手く呼吸すらできなくなってきたの背中を、優しく撫でてやる。すぐに大きな深呼吸を始めたが、またすぐに呼吸か乱れてきた。とりあえずソファに移動したほうがいい。立ったままでは落ち着かないだろう。

「わ、っ」

少々手荒ではあったが、を抱き上げてソファまで移動した。突然のことに驚いたのか、私の首元にしっかりしがみつくが可愛らしいと思ってしまう。
ソファに腰掛け、膝の上に私と向き合うように座らせた。自然と目線は彼女が上になる。は少し顔を赤らめて、ギュッと首に抱き着いてきた。

「すみません…大人気ないことをしてしまって…」
「…ううん…私が悪かったの…」

まだ涙で濡れた声をしていた。先ほど抱き上げた勢いで彼女の呼吸はある程度落ち着いたようだが、それでもまだ少ししゃっくりをしている。とん、とん、と背中を軽く叩いてやると、安心するのか、息をふう、と吐き出した。

「明日は仕事が昼で終わりなんです。あなたは確かオフでしたよね?」
「えっ、うん…」
「じゃあ、明日パーティーのリベンジをしましょう。もう今日はそんな感じでもありませんし…」
「うん…ごめんなさい」
「もう謝らないで下さい、元はと言えば私が悪かったんですから」

そう言いえば、は困った様に笑みを見せた。そんな彼女の頬にキスをしてやると、彼女もまた私にキスをくれる。

「…考えてみれば、喧嘩は初めてでしたね」
「それもそうだね…」
「記念日に貴重な体験ができたので、結果オーライとしましょうか」
「ふふ、なにそれ」

ようやく可愛い笑顔を見せてくれたのが嬉しくて、思い切りを抱きしめる。苦しいよ、なんて抵抗の言葉が聞こえたけれども、私は腕の力を緩めようなど思わなかった。愛しさが込み上げてくる。

、これからもよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします…」
「大好きです」
「っん、っ…」

彼女の返事も待ちきれず、その小さな唇に思い切り噛み付くようにキスをした。



明日も傍にいるために





パーティーは台なしになってしまったけれど、せっかくの記念日です。今はとろけるぐらいのキスをしましょう。





 

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