今日は久しぶりにトキヤが家に泊まりに来る。
大学4年生で一人暮らし真っ最中の私は、最近は専ら就職活動というもので慌ただしく、大して部屋を片付ける暇もなかった。きっとすでに私の家にいるであろうトキヤは、散らかったあの部屋を片付けていることだろう。

足早にアパートに向かう。郵便受けをチェックして、3階まで階段を駆け上がれば、案の定息が上がってしまった。私ももう若さのピークを越えてしまったんだなぁ…。

「ただいま」

玄関を通り過ぎて居間へ。やっぱりトキヤの方が早かった。
私が想像していたとおり、今朝よりも綺麗になった部屋。ソファで雑誌を読みながら、トキヤはコーヒーを飲んでくつろいでいるようだ。

「おかえりなさい、おや、スーツですか」
「え、うん…今日は企業説明会だったから…」
「お疲れ様です。夕食なら出来ていますよ」
「わざわざありがと…着替えてくるね」
「ちょっと待ってください」

なに、と言おうとしたが、トキヤのやけに熱い眼差しが痛くて飲み込んでしまった。
上から下まで舐めいるように、私を見つめてくる。

「ふむ…なるほど」
「え…な、なに…?」
「あなたのスーツ姿もなかなかいいですね。ですが、」
「ですが?」
「パンツスーツではなくスカートの方が良いのでは?」
「は?」

確かに今日はスカートではなくパンツスーツを着用している。
パンツスーツの方が動きやすいし夜道の不審者対策としても有効なので、最近はスカートよりこちらの方が多いかもしれない。

「タイトなスカートから伸びる、ストッキングに覆われた足、そして黒いパンプス…想像しただけで、」
「も、もういい!この変態!着替える!」
「それは残念…」

まったく!言わせておけばこんなことばっかり!
少々疲れた今の私には、彼の冗談に付き合っていられる余裕はないようで、足早にベッドルームに駆け込んだ。

なんせ今日は3件も説明会をはしごしたのだ。自分でもこんなにスケジュールを詰めるなんて馬鹿じゃないのか、と思ってしまう。
でも、それぐらい私は焦っていた。なんせこの時期に内定を貰えていない人なんて、数えるぐらいしかいないのだ。
私はその中の一人。このまま卒業まで内定が貰えなかったら…、そう考えて、焦ってしまうのは勿論のこと。
昨日も今日も、ずっと就活のことで頭がいっぱいだった。

「はぁ…」
「ため息なんて、いけませんよ」

人がまだ着替えているというのに、ベッドルームに入ってきたのは言わずもがなトキヤである。
全く遠慮のない彼に、今更何を言っても仕方がない。

トキヤとは実は高校1年のときから交際を始めた。彼が高校2年になる時に早乙女学園に移ったけれど、それでも連絡は取り合い別れることはなかった。それから彼がアイドルとしてデビューしたりなんだりと今に至るけれど、私たちの関係は変わらないまま。
つまり、16歳から22歳まで、約6年間お付き合いしていることになる。
長いようで、案外あっという間だ。

「ため息も出るわよ…」
「随分とお疲れのようですね」
「そりゃね…説明会、面接、説明会、面接の繰り返し…毎日就活のこと考えなくちゃならないのよ」
「この時期はそういうものなのでしょう?」
「そうだけどさぁ…、はぁ」

ため息が出ずにはいられない。だって周りは次々と内定を貰っているのに、私だけがさっぱりなのだ。
焦りよりも、だんだんやるせない気持ちが強くなっていく。
苛立ったり、嫉妬したり…就活とはいえ憎悪の感情も感じてしまう。

「ほら、そんなにため息をつかないで」

トキヤか私の頬を撫でる。柔らかい彼の眼差しに、いつもなら心が解けていくはずなのに。

「…トキヤはいいよね、就活なんてしなくていいんだもん」

つい口が滑って出てしまった言葉に後悔した。
ハッとして自分の唇を手の平で押さえても、時すでに遅し。
目の前のトキヤは、目を丸くして私を見つめていた。
やってしまった。トキヤが失望してしまう…。

「…っ、その…ごめん、なさい…」
「…いえ、」
「トキヤだってアイドルで大変なのに…」
「大丈夫ですよ、落ち着いて下さい」

彼の目すら見れなくて謝罪をする私は、トキヤに諭されてベッドに座らされた。
いくら疲れているとはいえ、こんなふうに彼に当たってしまうなんて間違ったことだ。
隣に腰を下ろしたトキヤは、私の手を優しく握って話し出した。

「あなたが、今本当に大変だということはわかります。たまにはそうやってストレスをぶつけてくるのも、嫌なことではありませんよ」
「でも…、」
「まぁ、確かに私も忙しいのは同じです。私たちの業界は、与えられたことをそのままやるわけでも、ましてや正解のある仕事でもない。だからこそやり甲斐がありますが、時には苦しいこともあります」
「うん…」

心臓が落ち着かなくて、体が震えてしまった。
トキヤはそんな私の肩をぐっと自分に寄せ、頭を撫でてくれる。
彼のその優しさは嬉しかったけれど、自分の言ってしまった言葉を後悔するばかり。

「私のことはいいんです。私は、私がやりたくてしているわけですから。でもあなたは、みんなやっているとはいえやらざるをえない状況で、しかも他の方より時間がかかってる。焦って自暴自棄になったりやつあたりしても、まあわかります。あなたのことですから」
「それは…あんまり嬉しくない」
「ふふ、でしょうね。つまり、友達や親に当たるぐらいなら私を頼ってくださいということです。私はそれぐらいじゃあなたを嫌いにはなりませんよ」

ちゅ。頬にキスされ、反射的に彼を見る。少し意地悪そうに笑った見慣れたトキヤの笑顔があって、少し悔しい。

「さてと…、今日は目一杯甘えてください」
「…いいの?」
「そのために来たんですよ。さぁ、夕食を食べてしまいましょう。私もお腹がすきました」
「うん、今日は何?」
「ハンバーグに、コーンポタージュです」

献立を聞いたら、ぐぅ、とタイミング良くお腹が鳴った。
くすくすとトキヤに笑われて、恥ずかしくて脇腹を小突いてやった。オーバーにリアクションを取った彼を、また小突いてみる。
けれどもその手を捕まえられてしまった。私を優しく見下ろす彼の視線がふりかかる。

「さて、行きましょう」

トキヤに手を引かれて、私もベッドルームを後にした。
食後はなにをしよう。今日はたくさん甘えてもいいみたいだから、甘いキスをたくさん注文しちゃおうかな。



おねだり日和




また、明日から頑張れる、そんな気がするよ。




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