トキヤとちゃんは、そりゃあもう誰から見てもお似合いのカップルだった。
だからこそちゃんが亡くなったときは、彼女を悔やむと共に、皆がトキヤのことを心配したんだ。



あのときのトキヤは本当に見ていられなかった。
いくら、トキヤがしっかり者で強い人間だとしても、最愛の女性を亡くしたことは苦しかっただろう。
俺でさえ、彼女の死は辛かったのだから。
トキヤが泣きたいのを隠して仕事をしているのを見ると、やるせない気持ちになった。

あんなに辛そうなトキヤを見たのは初めてのことだったから、皆どんな言葉をかけたらいいかわからなくて。
早乙女学園で同室だった俺でも、トキヤのあの沈み方を見たら、半端に慰めることなんかできなかった。



でも、ある日突然、トキヤは吹っ切れたように表情が変わったんだ。
俺はただ、トキヤが俺たちに心配をかけないように無理をしているんじゃないかと思って、撮影の休憩中に席を外したトキヤをそっとつけてみたら…。
トキヤ、一枚の写真を取り出して、静かに柔らかく微笑んでたんだ。
あれは、ちゃんの写真だ。
その時に思ったよ。ああ、ちゃんはトキヤにとって神様になったんだ、って。


そんなことがあってから、トキヤはぐんぐんトップアイドルに上り詰めていった。
さすがの俺も、トキヤの勢いにはついてくのがやっとって感じ。
頑張り屋なトキヤだから、体を壊さなきゃいいんだけどって、事務所の人達もみんな心配してたよ。

それでも、あのトキヤが以前と同じように出来なくなってしまったことがある。
アイドルにとって最も重要である、歌うことだ。
今までに出したナンバーなら歌える。でも新曲は致命的だった。
トキヤはソロでの音楽活動も行っているが、もちろんST☆RISHとしてのグループ活動のメンバーでもある。
なんとかグループソングはこなしているものの、ソロはからきしだめな状態。
グループソングはレコーディングこそ出来てはいるが、ライブでは歌えたものではなかった。
それでも6人でバラエティなどで活動することもあるため、ST☆RISHは解散せずに音楽活動はCDリリース・音楽配信のみで、ライブ活動は休止という形を取っている。
それも全員が同意の上でのことだ。トキヤの調子が戻ればライブ活動も再開するが、この分ではいつになるかわからないだろう。
特に、ソロの活動についてはこのまま再開しない可能性だってある。
グループソングは春歌が作曲していたからいいが、トキヤのソロ曲はちゃんが作曲からしていたから。





それでも、今はもうトキヤにちゃんの話をしても大丈夫。
逆にいろんな思い出を聞かせてくれるんだ。
俺の知らないちゃんのおてんばなところとかね。


ちゃんは美人よりは可愛いって感じで、背が小さめで、決して気が強い子ではなかったけれども、面倒見がいいし優しいし、何よりも才能があった。
皆、本当にちゃんのことが大好きだったよ。
早乙女学園にいたあの頃から、皆でよく遊んでいたなあ。
卒業してからはちゃんはほとんど編曲の仕事をしていたんだけど、トキヤの曲に関しては作曲からやってた。作曲のセンスもよかったよ。でも仕事は編曲のほうが名指しで入ってきてたから多かったんだって。



実は俺、トキヤには言ったことないんだけど、二人が付き合う前によくちゃんから恋愛相談を受けていたんだ。
二人が付き合いはじめたのは、早乙女学園を卒業してから。だからそれまでの学園での生活は、ちゃんにとってはドキドキだったろうね。

トキヤとちゃんはもちろんパートナーだったんだけど、実はトキヤは最初、ちゃんをあまりよく思ってなかったんだ。というのも、ちゃんって編曲は最初からかなりできたけど作曲がまずまずってかんじだったんだ。今では考えられないぐらいにいい曲ばっかりだけどね。
当時はトキヤもよくパートナーにしたなぁと思ったけど、きっとトキヤには彼女の才能がわかってたんだろうな。

そんなちゃんから初めての恋愛相談を受けたのは、10月ぐらいだったかな。あの頃はトキヤと同室だったから、メールで相談にのることもよくあったよ。
ちゃんはきまって、何か用事があって俺達の部屋に来るときには、まず俺に連絡するんだ。なぜかって?トキヤの機嫌を伺ってたんだよ!
一ノ瀬くん今大丈夫そう?一ノ瀬くん忙しくない?ってね。
ああ、そういえばちゃんがトキヤのこと名前で呼ぶようになったのは、付き合ってからだったなぁ。
トキヤも、さんって呼んでたっけ。

まぁなにはともあれ、ちゃんの恋は卒業後に無事に実ったわけです。
その後二人がどんな恋愛をしたかは、今ではトキヤしかわからないね。
あっでも、そういえば一回だけ、ちゃんが泣きながら俺の部屋に来たことがあったなぁ…、何があったかよくわからなかったんだけど、数分後に来たトキヤが土下座の勢いでちゃんに謝ってたのは、今でも記憶に残ってる。






そんな、俺の思い出の中にも確かにいるちゃんが亡くなってから早いもので3年が経ち、トキヤはついこの間23歳の誕生日を迎えた。
皆で盛大にお祝いもしたよ。もちろん、ちゃんの写真も飾ってね。
きっと、どこかから見てたんじゃないかなぁ。


トキヤはこれからどうするんだろう。新しい恋はするんだろうか。
たまに、翔や真斗や春歌たちとそんな話をすることがある。
トキヤのことだから、きっとちゃんを想い続けて生きていくんだろうとは思うけど…。
俺たちは結婚していって、トキヤはちゃんのために結婚しないっていうのは、やっぱりなんかなぁ、って思っちゃう。
だって、みんなトキヤには幸せになってもらいたいって思ってるから。



(……あ、)

1年に1度、ちゃんに会いに来る。
本当はみんなでお墓参りに来たいけど、なかなか予定が合わないんだよね。

(…似てるなぁ)

ちゃんのお墓の前で手を合わせる、20代半ばぐらいの女性の隣、小さい少女。まだほんの、2歳ぐらいじゃないだろうか。
まるでちゃんの小さいころを見ているようだ。その目も口も、彼女にそっくり。
あの女性は確か、ちゃんのお姉さんだ。お葬式のときに見た。それなら、あの少女はちゃんの姪っ子か。それは似ててもおかしくない。

(…、行っちゃった)

手を引かれて行ってしまった少女の後ろ姿を、じっと見つる。

「…ねぇ、ちゃん、もしちゃんが生きてたら…、いつかトキヤと結婚して、あの子みたいにちゃんそっくりの子供が生まれていたんだろうね」

お墓の前はひどく静かだ。ちゃんのお姉さんが置いていったであろう、ピンク色のチューリップが揺れる以外の変化はない。

「きっとちゃんの出産のときには、みんなが駆け付けるよ。でもね、やっぱり一番遅れてくるのはトキヤなんだ。だってあいつ、すごくスケジュールぎちぎちなんだもん」

それで、赤ちゃんが生まれてから病院に到着するトキヤを、みんなでどつくんだ。
トキヤってば泣きそうな顔してるに違いないね。

「……見たかったなぁ…」

泣くべきなのは俺じゃないってわかってる。でも、やっぱり止められない。

みんな揃っての俺達の幸せ。いつも夢見てたよ、そんな風景を。
例えばトキヤとちゃんの結婚式、俺は勿論友人代表。皆で二人のためにウエディングソングをプレゼントするんだ。披露宴の新郎新婦入場のときは、みんなでセッションをする。最高だろ?

…きっと、そうなるものだと思ってたよ。
それぐらい、二人はお似合い…いや、絆で結ばれていたんだ。

神様って本当に残酷だよね。
幸せになるべき二人を、離れ離れにしてしまうんだから。


「…、ごめんねちゃん、こんな話…。でもやっぱり、まだ寂しいよ。俺達も、そしてトキヤだって、言わないけどそう思ってる」

寂しくなくなることなんてあるんだろうか。
あの輝いてた日々を、なかったことになどできないのに。
人間は幸せを願ってしまう生き物なのに。

「…いつか、わかる日がくるのかなぁ」

プルルルル

「わ、はい」
『音也、今大丈夫ですか?もしかしたら昨日あなたの部屋にネックレスを忘れてしまったかもしれないのですが…』
「ああ…そういえばテーブルの上にあったよ。そんなに大切なものなら外しちゃだめでしょ。あ、もしかしてちゃんからの…?」
『そうです、初めて誕生日に貰ったものです。無くすわけにはいきませんから、私がとりに行くまで大切に保管していてくださいね』
「りょーかい。まかしといて」
『絶対ですよ!それではまた』

ブチッ。

「なんだよトキヤのやつ…言いたいことだけ言って切りやがって……」

携帯電話をポケットにしまい、ちゃんにもう一度視線を向ける。

「トキヤは今でもきみのことを大切に想ってるよ。…じゃあ俺行くね、早く帰ってきみの大事なプレゼントをちゃんと避難させておかなきゃ。また来るね」

ちゃん、きみがいなくても巡る季節は、少し残酷かもしれない。
でもあの日の思い出は、絶対に失われることはないよ。
だからもう、過去を閉ざすことはしない。






(きみはトキヤだけじゃなく、俺たちにとっても神様だ)







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トキヤからはまだ語らせるには少し辛い話、第三者じゃなければわからない苦しみがある。そう思っての音也視点です。
こんなに長くする予定はなかったんですが…!書いてたら音也が夢を語りだしたり暴走しました…!




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