「えっ」
「はい?」

今日はオフなのでトキヤの部屋に遊びにきた…のだが、私は見たことのない光景を目前にして驚きのあまりに固まってしまった。

「どうかしました?」
「えっと…眼鏡?」

トキヤが眼鏡を、している。
上品に透き通った黒ぶち、フレームは太くはなく、形もシャープでオシャレな眼鏡。
とは言っても、今かけているのはオシャレのためではないはず。だって今日の彼には一歩も外に出る予定はないのだ。

「目、悪かったっけ…?」
「え…悪いですよ?」

トキヤは平然と言ってのけたけど、私の記憶にはそんな情報は何一つとして記録されていなかった。
それに、トキヤの眼鏡をかけた姿なんて今までかつて見たことがない。

「もしかして、知らなかったんですか?」
「知らなかった…です…」
「……」

今度はトキヤが驚いた表情で私をみつめた。
そんな顔で見られてもなあ…

「…既に知っていると思っていましたよ」
「すみません…」
「ふふ、なぜ謝るのですか。それよりほら、こちらへいらっしゃい」

そう言ってトキヤは、ソファの自分の隣のスペースをぽんぽんと叩いた。
それに誘われるように、その場所に座る。トキヤは満足したように私の頭を撫で始めた。
彼の微笑む表情が、眼鏡のせいでいつもと違って見えてドキドキしてしまう。

「い…いつもはコンタクトなの?」
「はい、私は眼鏡を売りにするアイドルではありませんので」
「そ…そう」
「おや」

眼鏡をかけた見慣れないトキヤにドキドキしすぎた私は、思わず顔を逸らしてしまった。
彼はそれが気になったのか、すぐに私の顎を掴み、そちらを向かせようとする。

「なんぬううう」
「こら、どうして嫌がるんです」

私が意地でもトキヤの方を向かないよう全力で彼の手の力に逆らうと、彼も負けじと手に力をこめた。

「まったく…あなたという人は」

トキヤの手の力が弱まり、諦めてくれたのかと安堵したのも束の間。
彼の顔が、私を覗き込むように傾いてきた。
これには驚いて数秒動けなくなってしまったが、すぐに顔面に熱が集中してくるのを感じて自分の顔を両手で覆った。

「どうして隠してしまうんです、あなたの可愛い顔を見せてください」
「や、やだ!」
「なぜです?」
「だ、だってトキヤが、」

彼が私の手首を掴んできた。でも、そこに私の手を顔面から引きはがそうとする力は感じられない。
彼の手の平から私の手首に伝わるのは、心地好い体温だけ。
すぐ目の前にいるのだろうか、トキヤの匂いが私を包むように空気と溶ける。

「眼鏡かけてるトキヤが、その……かっこよくて…」
「…ありがとうございます…」
「そ、それに…私の……知らないトキヤがいたから…つい…」
「………」

トキヤの反応がない。どうしたのかと思って恐る恐る指の間から覗くように見れば、トキヤは珍しく顔を赤らめていた。眼鏡越しだけどはっきりわかる。

「… トキ、」
「あ、あなたは、もう!」

ぎゅう、突然トキヤに抱きしめられた。私の耳の近くで動く彼の心臓は、なんとなくいつもより早い気がする。でも、私だって同じ。私の鼓動も彼のそれと同じ速度だ。

「私をこんなに喜ばせて、どうするつもりですか…」
「ど、どうもしないけど…照れてるトキヤは可愛いと思う」
「そんなこと言われても…嬉しくないですよ」

トキヤはそんなふうに言ったけど、その声音はどこか嬉しそうだった。まったく、素直じゃないんだから。
私は彼の背中に腕を回し、その温もりを感じるように抱きしめた。

「まだ、私の知らないトキヤがいるのかな」
「さぁ…どうでしょうね…それより、私の知らないはいないんですか?」
「それは、トキヤが探してみなきゃ」
「それもそうですね」

トキヤが眼鏡を外した。あなたの可愛い顔が見えなくなってしまいますよ、なんて彼が言ったけれど、そんなのはどうでもいいよ。本当に大切なのは、見た目じゃないもの。
まだまだ知らないあなたがいるはず、これからどれだけの発見ができるのだろうか。
そう考えながら、トキヤの唇に口づけた。



   








 

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